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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)525号 判決 1954年7月30日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

大学の学生に対する退学処分は、教育上の必要に基づく懲戒行為として行われるものであるが、これにより学生としての法的地位を消滅させる効果を生ずるものである以上、なんらの法的効果を伴わない単なる事実上の作用としての懲戒行為と同視すべきでないことはいうまでもない。そして、公立大学の学生に対する退学処分も私立大学の学生に対する退学処分も、ともに、教育施設としての学校の内部規律を維持し教育目的を達成するために認められる懲戒作用である点において、共通の性格を有することは所論のとおりである。

しかし、国立および公立の学校は、本来、公の教育施設として、一般市民の利用に供されたものであり、その学生に退学を命ずることは、市民としての公の施設の利用関係からこれを排除するものであるから、私立大学の学生に退学を命ずる行為とは趣を異にし、行政事件訴訟特例法第一条の関係においては、行政庁としての学長の処分に当るものと解するのが相当である。

もつとも、学長が学生の行為をとらえて懲戒処分を発動するに当り、右の行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格および平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人および他の学生におよぼす訓戒的効果等の諸般の要素をしんしやくする必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に通ぎようし直接教育の衝に当るものの裁量に任すのでなければ、到底適切な結果を期待することはできない。それ故、学生の行為に対し、懲戒処分を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、この点の判断が社会観念上著しく妥当を欠くものと認められる場合を除き、原則として懲戒権者としての学長の裁量に任されているものと解するのが相当である。

しかし、このことは、学長がなんらの事実上の根拠に基かないで懲戒処分を発動する権能を有するものと解することの根拠となるものではなく、懲戒処分が全く真実の基礎を欠くものであるかどうかの点は、裁判所の審判権に服すべきことは当然である。

原審が退学処分を行政処分と解し、上告人に対する退学処分が全く事実の基礎を欠くものとして違法と判断したことは正当であつて、論旨は採用に値しない。

その余の論旨はすべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、また同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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